種子島の鉄砲伝来の当時に思いを馳せた、旅の商いをする人らしい紀行文だ。
日本経済新聞、2026年1月18日の中面にANAホールディングスの芝田浩二社長の文章が寄せられている。
当時のことをネットで調べてた。
鹿児島県のHPによると、1543年、種子島に中国船が漂着。この船に乗っていたポルトガル人によって火縄式鉄砲が伝えられたとある。
さらに読み進めると、翌年来島したポルトガル人によって、日本人の手による鉄砲の模作が支えられてという経緯があるようだ。
芝田社長の文章を読んで、私の脳裏に浮かんだのは、
大航海時代、航海図を手に望遠鏡をの船の甲板から覗きこむ船員の姿。
真っ青で、穏やかな希望岬周辺の大海原を通過する白い帆船の帆の瞬きが、紙面から伝搬した。
例えば、リスボンに出張があったとして、
旅行に行く前に、「12月24日通りのクリスマス」という映画を見ていたら、また違った思いを馳せるのかもしれない。
レンガ色の街並みに茜色の光が差すなか、坂道を軽快に下る路面電車。
17年前の深夜、ふと付けたテレビから流れてきた映像が蘇る。
そんなゆったりとした時間が流れる風景が、南房総の春花畑がダブって見えた。
今の時期、週末は花摘みの観光客でにぎわっているに違いない。
いつか、春うららかな風吹くころに、優雅にサングリアワインを傾けながら、潮風を匂いながら昼寝でもしたいと思っている。
これぐらいの贅沢なら、バチが当たることはないのだろうと。
藤巻輝成
下記の鹿児島県のホームページを引用させていただきました。
https://www.pref.kagoshima.jp/aa02/pr/gaiyou/itiban/hatu/teppo.html
